海老で鯛を釣る//イラストレーション勉強中(パレットクラブ16期卒)日々の生活をイラストレーションと写真で紹介します。
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2014/06/30 (Mon) バレエ・リュスの衣装展を観に行く

六本木にある国立新美術館で開催されている
『魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展』
を観に行ってきました。

IMG_20140630_0007.jpg
 

20世紀初頭、ロシアのバレエ団がパリで公演をしました。

ロシアバレエ団(バレエ・リュス)の興行師セルゲイ・ディアギレフ

はバレエが衰退していたパリに乗り込み、レベルの高い舞台を次々に

行い、観客を熱狂させます。パリの文化人たちはバレエ・リュスに

魅了され、こぞって舞台制作に参加していきます。

 ディアギレフの総括力は凄まじく、プライドの高いベルエポック

のアーティストでさえ自分の表現よりも、彼の求める芸術観

に献身的に答え、総合舞台芸術を作り上げました。

 今でこそ舞台芸術が舞踊、音楽、美術を総合したミクスト

メディア・アートであるという認識は当たり前ですが、

その基盤を作ったのがディアギレフ率いるバレエ・リュス

だったのです。今までバレエ・リュスを題材にした展覧会

やドキュメンタリー映画は公開されてきましたが、今回の

ような膨大な衣装コレクションが来日するのは初めてです。

 衣装デザインには20世紀を代表する芸術家、ピカソや

マティス、デ・キリコなどが制作しておりバレエ・

ファンのみならず、20世紀アート・ファン

にも興味深い展示になっています。

IMG_20140630_0001_NEW.jpg 

(『えび新聞』121号より)
私がバレエ・リュスに興味を持ったのは、高校生

の頃ジャン・コクトーを愛読していた時です。

バレエ・リュスがパリへ訪れた当時、コクトーは若き青年

詩人として華々しく文壇デビューしたばかりで、いわゆる

アイドル的扱いを受けていました。その立場に甘んじていた

コクトーにディアギレフは「私を驚かせてみたまえ」と

挑発します。ディアギレフに舞台の台本を書くように

けしかけられたコクトーは『パラード』を書き上げます。

コクトーは社交界の花形であり、才能のある若いアーティスト

たちと親交がありました。その人脈を生かして舞台制作を友人

たちに依頼します。台本はコクトー、舞台美術はピカソ、音楽は

エリック・サティ、振付レオニード・マシーン。彼らはこの舞台を

きっかけに一流芸術家の仲間入りを果たすことになります。

IMG_20140630_0002.jpg 
(『えび新聞』121号より)
そして『パラード』はバレエ史に大きな足跡を残しました。

 私は学生の頃に、このエピソードを読んでワクワクしたものです。

私はコクトーの交友関係のおかげで様々なジャンルのアート

に興味を持つようになったのです。今、自分が持っている

知識の大半はこの頃に得たといって過言ではありません。

 展覧会場に入るとすぐにコクトーが手がけた

巨大な上演ポスターが出迎えてくれます。

コクトー・ファンの私にはたいへん嬉しい展覧会でした。 


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美術館 | comment(2) |


2014/06/01 (Sun) 「イメージの力」展を観に行く

今月の『えび新聞』より

IMG_20140528_0001_NEW.jpg
 
(国立新美術館 「イメージの力 国立民族博物館コレクションにさぐる
2月19〜6月9日 企画展示室2E)

人類が「言語」という共通のコミュニケーションツールを編み出す
以前、民族間で交わされ共通理解を促す道具としてあったものは、
象徴化された造形物です。視覚化された神の像や儀式用の仮面などがそれです。
これらは見る者にダイレクトにイメージを伝える
ことができるので、共通理解が得やすくなります。

 現在、国立新美術館で開催されている「イメージの力」展は、そんな
共通理解を得るために使われていた世界各国の民族資料を
一堂に会し、イメージが持つ力を検証しようという展覧会です。

 民族学の資料を博物館ではなく、美術館で展示するのは珍しい試みです。
博物館で見ると「標本」としてしか見うがなく、それらは「道具として
の用途」という客観的理解しかさせてもらえないのですが、美術館に
飾られると「作品」として鑑賞することがで、主観で見ることが可能になります。
その時、古代の人類が持っている表現力の強さを感じることができるのです。
言語を使う前の人間がいかにイメージで感情を伝えていたか、
具体化されない感情(イメージ)を受け取ることができるのが、
この展覧会の素晴らしいところです。

IMG_20140529_0001_NEW.jpg

これが民族学の資料なの??と疑問を抱かせる現代社会が生み出した
民族イメージは、土産品という形で消費社会に集約されていきます。
それらは大量消費社会を表現することで生み出されたポップアートに近づきます。

 この状況の帰結こそが今回、美術館で開催する目的だったのでしょう。
展示会場の最後のブースでは民芸品や日用品がインスタレーションの
手法で展示されていました。
展示の仕方によって現代アート作品に見え、
「アート」と「民芸品」のイメージについて考えるようになっていました。


美術館 | comment(2) |


2014/02/24 (Mon) 偉大な父をもつ娘のはなし

原宿にある浮世絵の美術館太田記念美術館で
開催中の『葛飾応為 吉原格子先之図 光と影の美
(~26日)へ行って来ました。
葛飾応為
葛飾北斎の娘で、父と同様、絵師だった「お栄」さん
は浮世絵ファンの間では有名ですが、いかんせ
現存する作品数が少ないこともあり、イメージ
ばかりが先行するナゾの人物です。正直、
私はそれほど関心がなかったのですが、以前
『猫びより』という雑誌で、漫画家ハルノ宵子さん
のエッセイのなかで、自分と父(吉本隆明氏)を、
お栄と北斎に例えて書いている文章を読んで
関心を持つようになりました。
猫びより No41 
(『猫びより』No41 日本出版社 刊)

北斎とお栄のエピソードの出典は杉浦日向子
の代表作『百日紅』の中の物語です。
北斎が、依頼されていた龍の絵を描き
終えた傍らで煙管を吸っていたお栄は、
誤って火種を絵の上に落としてしまいます。
北斎はといえば、煙草の火で焦げてしまった
絵をほったらかしにして、弟子達と飲みに
行ってしまいます。残されたお栄は責任を感じて
北斎の代わりに龍の絵を描くというものです。
(このエピソードは杉浦さんの創作ではなく
実際、当時を伝えた文献に残っています。
その文献によると、お栄は反省して禁煙したが、
しばらくするとまた吸っていたと書かれています)
この物語についてハルノさんは
「描き終えた時点で作品には執着のない北斎と、
それを集中力を持って取り戻したお栄と、表現者
の探求の姿を描いた名作です」と評しています。
百日紅 上 
(『百日紅』杉浦日向子・著 ちくま文庫)

一方、ハルノさんですが、原稿を汚したしたのは彼女
ではなく、吉本家の飼い猫シロミちゃんです。ハルノさん
には責任ないのですが、なにしろ猫のしたことですから、
やむおえません。そこで思い出したのが『百日紅』だった
わけです。彼女は自分がお栄のように父の代わりに書き
直すことなど出来ないと書いています。事情を説明し、
どんな種類の原稿だったか吉本氏に尋ねると、「ワハハ、
いいよいいよ!俺もよくわかんねんだよ」と答えたそうです。
そこでハルノさんは「北斎かっ!」とツッコミを入れています。
吉本氏も原稿を書き終えてしまったら、執着はないのですね。

偉大な父を持つ息子たちの苦痛は聞くと、まさに苦痛で
しかないのですが、偉大な父を持つ娘たちの苦労は、
どういうわけかジンワリしますね。おそらく、娘にとって
父とは偉大であろうとそうでなかろうと、たいして
変わらぬ苦労があるから、共感できるのでしょう。

ちなみに太田記念美術館で出品されている葛飾応為(お栄)
の絵は「吉原格子先之図」のみです。その他参考文献は
出品されているものの、作品として鑑賞できるものは「吉原~」
一点のみ。しかし、一緒に展示されている同時代の絵師たちの
絵と比べて、圧倒的にウマいのがわかります。これは素人目で
見て「ウマい」と言いたくなる良さがあります。「北斎の娘」という
ことを抜きにして語れないのが残念ですが、単純に、あまり
知られていない絵師の「ウマい」絵が見られて、私は満足でした。

美術館 | comment(0) |


2013/08/04 (Sun) 絵画水族館

東京駅 (1) 
昨日のブログでも書きましたが、東京丸の内へ行ってきました。
東京駅 
午前10時ごろに行ったので、まだそんなに混んでいませんね。
夏休みなので、家族連れや外国人観光客がたくさん歩いていました。
東京ステーションギャラリー 
私がここへ来た目的は東京ステーションギャラリーで開催されて
いる『大野麥風展』を観るためです。「大日本魚類画集」という
版画集の作者として有名な作家を紹介している珍しい展覧会です。
大野麥風(ばくふう)は明治生まれの作家で、日本画家らしいのですが、
ともかく「大日本魚類画集」が有名らしく「魚の画家」と呼ばれているほど
の人なのだとか。作品を見て、楽しかったのは博物館で見るような魚の
正確な標本を描くという博物画的な描き方ではなく、その魚の生活感が
わかる背景が描き込まれた絵画であったことです。海や川で泳ぐ魚の他
に、お皿に載っている魚さえあって、博物学的な興味で描かれていない
ということが、容易にわかります。学問しての魚類画ではないのですね。
大野氏の作品とともに、江戸時代の博物画や近代の博物画家杉浦千里
も紹介していました。こちらは純粋に博物画です。細部まで繊細に描かれ
ており、見応えがあります。特に杉浦千里の作品は、伊勢海老が沢山出品
されていたので「えび」のあだ名を持つ私としては、大喜びなラインナップでした。
図録 
大野麥風展図録と、杉浦千里の画集『美しきエビとカニの世界』を購入。
画集は高いな~(涙)しかしミニカーに目が奪われても、こちらを選ぶ・・・。

美術館 | comment(4) |


2012/03/31 (Sat) 藤牧義夫は「失踪」なのか?

藤牧義夫展チラシ 
生誕100年藤牧義夫展 モダン都市の光と影
神奈川県立近代美術館(鎌倉) 1月21日~3月25日

学生の時に買った雑誌『別冊・太陽(世界の名作版画集)』の中に
藤牧義夫の「赤陽」という作品が掲載されていました。その作品の
迫力もさることながら、解説に書かれていた内容にも驚いてしまいました。

「~藤牧義夫は24歳で亡くなった。といったらいいか、突然消息を
絶って、それきり行方知れずになってしまった」(P113)
赤陽 
(「赤陽」1934年)

当時「赤陽」しか作品を知らなかった私は、勝手に「彼はこの絵
の中にある夕日に狂気を感じて、そのまま消えたのだろう」と
決めつけて、他の絵を捜して見てみようとは思いませんでした。
それから20年近くが過ぎた今、ようやく「藤牧義夫」という作家
の作品の全貌を観ることになったわけですが、1930年代
の東京を丹念に描いた彼の絵は、瑞々しく、けして陰鬱さ
は感じられませんでした。「失踪」という二文字が彼の
イメージを決めているのなら、それはあまりに安易な
見方だろうと、かつての自分に文句を言いたい気分です。 
新日本百景33大川端(東京市) 
(谷中安規「新東京百景33大川端(東京市)」1940年)
 
同時代の版画家、谷中安規(1897~1946)は放浪画家
ではありましたが、最期は、戦後の貧困の中で栄養失調
による餓死でした。「失踪」なら藤牧より安中の方が相応しい
ように思えますが、それも勝手なイメージなのでしょう。
戦中戦後の東京を見つめた安中は、焼け野原になってゆく
街を苛立ちと悲しみが入り混じった思いで、描いていた
ように見えますが、藤牧が描いたのは関東大震災で
壊滅した後、復興してゆく街の姿でした。同じ街を描いた
にしても、繁栄を誇っていた街が破壊されてゆく姿と、
自然災害に見舞われながらも立ち上がってゆく街
の姿では、ずいぶん印象が違います。
朝(アドバルーン) 
(「朝(アドバルーン)」1932年)

この二人がどういうモチベーションで描いて
いたかは想像の域を超えないのですが、
藤牧が描く街並みを見ていると、
私はワクワクしていました。
ですから、彼が街に失望して
「失踪」したとは思えないのです。

美術館 | comment(2) |


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えび新聞

Author:えび新聞
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(パレットクラブ16期修了)
イラストレーションの他に
切り紙制作もしています。
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