海老で鯛を釣る//イラストレーション勉強中(パレットクラブ16期卒)日々の生活をイラストレーションと写真で紹介します。
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2012/03/31 (Sat) 藤牧義夫は「失踪」なのか?

藤牧義夫展チラシ 
生誕100年藤牧義夫展 モダン都市の光と影
神奈川県立近代美術館(鎌倉) 1月21日~3月25日

学生の時に買った雑誌『別冊・太陽(世界の名作版画集)』の中に
藤牧義夫の「赤陽」という作品が掲載されていました。その作品の
迫力もさることながら、解説に書かれていた内容にも驚いてしまいました。

「~藤牧義夫は24歳で亡くなった。といったらいいか、突然消息を
絶って、それきり行方知れずになってしまった」(P113)
赤陽 
(「赤陽」1934年)

当時「赤陽」しか作品を知らなかった私は、勝手に「彼はこの絵
の中にある夕日に狂気を感じて、そのまま消えたのだろう」と
決めつけて、他の絵を捜して見てみようとは思いませんでした。
それから20年近くが過ぎた今、ようやく「藤牧義夫」という作家
の作品の全貌を観ることになったわけですが、1930年代
の東京を丹念に描いた彼の絵は、瑞々しく、けして陰鬱さ
は感じられませんでした。「失踪」という二文字が彼の
イメージを決めているのなら、それはあまりに安易な
見方だろうと、かつての自分に文句を言いたい気分です。 
新日本百景33大川端(東京市) 
(谷中安規「新東京百景33大川端(東京市)」1940年)
 
同時代の版画家、谷中安規(1897~1946)は放浪画家
ではありましたが、最期は、戦後の貧困の中で栄養失調
による餓死でした。「失踪」なら藤牧より安中の方が相応しい
ように思えますが、それも勝手なイメージなのでしょう。
戦中戦後の東京を見つめた安中は、焼け野原になってゆく
街を苛立ちと悲しみが入り混じった思いで、描いていた
ように見えますが、藤牧が描いたのは関東大震災で
壊滅した後、復興してゆく街の姿でした。同じ街を描いた
にしても、繁栄を誇っていた街が破壊されてゆく姿と、
自然災害に見舞われながらも立ち上がってゆく街
の姿では、ずいぶん印象が違います。
朝(アドバルーン) 
(「朝(アドバルーン)」1932年)

この二人がどういうモチベーションで描いて
いたかは想像の域を超えないのですが、
藤牧が描く街並みを見ていると、
私はワクワクしていました。
ですから、彼が街に失望して
「失踪」したとは思えないのです。

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(パレットクラブ16期修了)
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